私がこれまでもお伝えしてきた方向性としては「地球に残ること」、そのための最善と思えることとして、ひろかねさんから教わった「全肯定」を皆さんにお伝えしています。
一方、虚空蔵さんの方向性は、BBS右No.3238の回答に書かれていた「全否定」だと思います。
あの時点で、虚空蔵さんの取り組みの方向性が、はっきりさせられました。
「全肯定も全否定も、一元ということでは同じレベルの話であり、全否定でも実存を見ることはできると思うよ」
これは、ひろかねさんから最近聞いた話です。
ただ、「全」とはついているものの、どちらも「100%」の肯定や否定ではありません。
95%くらい否定できれば、全否定といえるらしいのです。
(肯定も同じで、微かに否定は混じるようです)
なぜなら、「否定」するということは、そのことを「やらない」「行わない」、と
いう意味でもあり、生きている以上は息をしなくてはなりませんし、体を維持するために最低限の食事や飲水などを「行なう」ため、肯定をすべてはずすことはできません。
ですので、最低限の行為として、肯定がどうしても必要になるのだそうです。
それを実際にできる人がいるかどうかはともかく、実践するとなると、
・日常生活から切り離して山奥にこもるなどする
・生命維持のために必要最低限の活動をする以外は、否定としてそれ以外は「やら
ない」ということを覚醒するまで続けられたら、実存をみるような覚醒になる
・でも、普通は覚醒する前に絶望して終わるだろうね
理論上はそうした形での取り組みになるようですので、できなくはないようです。
自分が求める幸せ、それにあった取り組みであれば、いいと思います。
ひろかねさんがおっしゃっていた全肯定と全否定の関係を考えると、どちらも行き着くところは同じです。
どちらを素直な気持ちでやりたいと思えるか、一度自分で確認してみるといいのではないでしょうか。
ただ前回書いたように、真理を曲げてしまった方については、取り組み方としての可能性はあっても、到達できるかどうかや、どこに到達するかは、別の話になります。